ボランピオ

vol.26(2020年1月号)

【特集】「誰かを支えるために大切なこと」安藤希代子さんと竹端寛さん、尾野寛明さんに聞く

2020年03月03日 15:33 by youi_center

私たちは、活動に取り組むなかで、時として本当は何がしたかったのかを見失うことがある。自分たちは、誰を支えたいのか。そのために、誰とつながればいいのか。軸を持って取り組むにはどうしたらいいのか。そこには、自分自身を見つめなおし、自分の価値観を大事にすることが重要なのではないか。

今回の特集では、竹端 寛さんに聞き手となってもらい、認定NPO法人ペアレント・サポートすてっぷ(岡山県倉敷市)の安藤 希代子さんとの対談をお願いした。笑ってしまうくらい本音にあふれる内容になった。市民活動に取り組むすべての皆さんに届けたい。ぜひご覧ください。

*このインタビューは、(福)岡山県社会福祉協議会が主催する講座「無理しない地域づくりの学校」のプログラムの中で行われた対談をまとめたものです。竹端さん、尾野さんは、上記講座の校長と教頭を務めています。

テキスト・編集:西村 洋己 (ゆうあいセンター副センター長) 
撮影:森 亮介 
取材場所:うさぎカフェ *認定NPO法人ペアレント・サポートすてっぷが運営する居場所 https://parent-support-step.jp/cafe/ 

ペアレント・サポートすてっぷの活動や居場所づくりについてまとめた書籍「ひとりじゃないよ~倉敷発・居場所づくりから始まる障がい児の保護者支援~ 」この出版費用を集めるためのクラウドファンディング、無事達成されたようです。
https://motion-gallery.net/projects/hogosha-shien 

私たちは誰を支えたいのか

竹端:ここに来るのは二度目ですね、今日はよろしくお願いします。まずは、うさぎカフェのような場をつくろうと思ったきっかけを教えてください。

安藤:この活動を始める前に、「倉敷市障害児学級親の会(現在の倉敷市特別支援学級親の会)」という当事者団体の役員活動を7-8年やっていました。今ここにいるメンバーもみんなそのときの役員の仲間ですね。それで、もっとさかのぼると、親の会の役員に誘われるときから、倉敷市はどっかおかしいと思っていたんです。

竹端:それはどういうおかしさですか?

安藤:ここに来る前は仙台に住んでいたけど、仙台ではもっとこう、安心していられるサポートがあったんです。けど、ここに来たら、障害のある子がいる家庭をちゃんとケアする核みたいなものがないと感じて、そういう経験を20年前、引っ越ししてきてすぐにしたので。「なんでこんなにサポートがないの?!」というのを、最初から憤りを感じていたので、それを何とかしたいなと思ったけれど、仲間がいなくちゃできないなと思って。そんなことを思っていたときに役員にならないかと言われて、そこにのっかったていう感じ。



(写真)安藤 希代子さん/認定NPO法人ペアレント・サポートすてっぷ 理事長  

竹端:なるほど、その会を活性化することもできるのに、そうじゃない独自の場を作ったのはどうしてです?

安藤:親の会にいた間も頑張りました。私たちが役員のころ、すごく活性化していました。でも親の会の仕組みとして、子どもが中学校を卒業したら、親もその会を卒業する。常に親は世代交代していくんですね。まだ会にいる間に、(今の副理事長の) 石川さんとかと言っていたんですけど、そのころ、勉強会を何回も重ねていたんです。すごい有名な先生を呼んで、地方では聞けないような話を聞ける場も企画していたのに、あんまり会員が参加しない。来ているのは、いつもだいたい同じ顔触れで、おかしいなと思って。企画自体はいいはずなのになんでだろうと。最初は、みんな熱心じゃない、もっと勉強したらいいのにと思っていました。

竹端:不真面目な親だ、もっとちゃんと勉強したらいいのにと? 

安藤:そうそう、こんな機会を提供しているのに、勉強しないってどういうこと?と思っていた。私もそのころ、子育ての真っ最中で、うまくいっている、いっていないは別として、努力している自負はあったので。来ないお母さんたちは、努力していないように見えていた。

竹端:頑張りが足りないと。

(写真)本日の手作りおやつを持った副理事長の石川さん。この日は、とても美味しいわらびもちとフレンチトーストでした。*表紙写真参照

安藤:自分が頑張っていて、手ごたえのない子育てをしていたので、他の人の頑張ってなさそうな様子に腹を立てていたと思う。

だけど、そういう活動をしているなかで、別で保護者のサポートをしている知り合いに、「本当、みんな勉強会に来ないんですよね」と言ったら。「自分から動ける人ばかりじゃないからね」と言われて。でもそのときは「いや、動けるだろう」と思ったんですけど。

だんだん意味がわかってきて。ああそうか、勉強会にも来ない、他の集まりも来ない。だけど個人的に聞くとめちゃくちゃ困っている人がいる。個人的に話かけてきたり、個々に聞くといっぱい話をしてくれる。けれど、集まりには出てこない。やっぱり、本当に困っている人ほど、そういう何かきらきらした場には出てこれない、そういうものなんじゃないかなと思うようになって。

結局、それって、私の方でも子育てに余裕が出だしたから、そういうふうに思えるようになったんだと思うんですけど。参加者が来ても来なくても、場を作っただけで「やりました」と言うのは、間違っていると思って。そこに人が来ない以上、来ない理由があるし、じゃあ何をしたら来るのかを考えないといけないんじゃないかなと、うすうす思っていたんです。親の会は、何百人もいる大きな会だったので、なかなか個々に話ができない。一人一人は話を聞いたら、話をしてくるんだけど。それで、親の会のような大きな組織は、これはこれで意味がある。でも、私たちは卒業したら、もっと小さくはじめて フェイストゥフェイスでお話できるような活動をしよう、そうすれば、親の会ができないことを補佐できるし、いいんちゃうかと。

竹端それって、これまでのご自身の活動の自己否定ですよね?今までのやり方を変えるのは、つらくなかったのですか?

安藤:うーん、でも、自分自身が変わって、自分の子供に対する気持ちが変わっていくなかで、他人に対する見方も変わっていたので、その誰かに言われたわけじゃなくて、自然発生的な変化だったから、特につらいとは思わなかったけど。

竹端:なるほど、それで、お子さんが中学校を卒業したと同時に、小さくはじめはったわけですけど、こういう「うさぎカフェみたいな場を作りたい」みたいなことは、当初から思っていた?

安藤:そうですね、計画にありましたね。

(写真)この日の日替わりランチ。うさぎカフェは、「何かを教えたり学んだりする場ではなく、ゆるやかにつながり、常に手を広げて待っている場所に」との想いで運営されており、飲食だけして帰ることもできる。飲食代をいただくことで、より立場が対等に近くなるようにと工夫している。

竹端:安藤さんの話を聞いていて、すごく計画的にやっている部分とすごく柔軟に変化している部分と両方を持っていると思うんです。被災地の現場で発達障害の親御さんに対して何かしたいという想いで出張カフェなどやりながら、一方で計画的にやっている。

安藤:そうですね。まあ、当事者団体なので、なぜ真備にいくかと聞かれたら、あれはもう、そりゃ行くでしょとしか言いようがないというか。私は東北に住んでいて、まあ震災があったときには、もうこっちにいたのでいなかったけど、相当なショックで、お金を送ったりはしましたけど、じぶんが直接行って何かの助けになることはできなかったので、今度こそ何かしたいなと思った。それは全く個人的な思いなんですけど。でも少なくとも、同じ町の中であったことなんだから、しかも、うちは、NPO だし、障害児の保護者を支援をしているし、真備の中では支援学校が丸ごと浸かったし、行かないといけないでしょくらいの感じで。決まったことしかしないんだったら、NPOしている意味ないじゃん、くらいな感じ。だからNPOでも、ろくに行かない他の団体を見て、なんでやねんみたいな感じには思っていますけど、 なんのためにおるのと。 

竹端:なるほど、先ほど、活動紹介のときに(*このインタビュー前に安藤さんから活動紹介があった際に出た話から引用)、「あの人たちが頑張ってたときはよかったけどやめたら元通りよね」という団体と、「あの人たちの活動が地域の変化のきっかけになったよね」という団体とでは、後者になりたいと言われたけれど、それはどうして?

安藤:前者のような団体をいくつも見てきているので、

竹端:それは親御さんとして?

安藤:長年やっているので、色々な団体が出ては消えを周囲でしているんですよね。この人いったい何がやりたかったんだろう?という団体も結構あって。あの何ていうかな、例えば、私たちはこういう良いことをしています、みたいなアピールがあるとするじゃないですか。そこにみんなが乗っかりたくて、色々申し込んでくると、「でもこれは、モデル事業としてやっているだけですから、全部をまかないきれないので、こういういいサービスを受けたかったら、皆さんもどうぞやったらいいですよ。」という人がいたんですね。で、まあ、それはそうかもしれないけど、じゃあ、どうやってやるかは教えてくれないの?と思ったんですよね。モデルというからには、やり方を教えてくれるならそれでもいいですよ。でもモデルと言うと聞こえがいいけど、要するに自分の手の届く範囲しかやらないという意味なんじゃないの?と思うと、本気で変える気はないのかなと。

竹端:なんで本気かどうかにこだわるの?

安藤:あはは笑 何かそれはその、どうせ何かをやるんだし、ちっちゃい範囲でもいので、社会を変えたいです。あはは(笑)

竹端:どうして?

安藤:えー、それは生きている甲斐があるじゃないですか。自分がいることの意味になるじゃないですか。あの、何か、誰でもできることじゃなくて、私たちにしかできないことをやってるって、そんなチャンスがもらえるってめったにあることじゃない。たまたまそういう機会をそういう子供の親になることで、あたえられたんだから、まあそういう人生を全うするというか。

一番困っている人にリーチしたい

竹端:そのうえで、原点の話に戻りたいんだけど。その当初はわりと積極的にあちこちと行ける、自ら動ける親御さんとばかりつながっていて、安藤さんもそういう親の一人だったわけなんだけど、自分から見て、がんばってないように思えた親御さんが、実は、こういうところに来られないほど困っている親御さんだったと気づいたあとに、あえてそういう人に近づいていきたいと思った理由はなに?だって積極的なママ友だけと楽しくやっていても、よかったわけですよね?

安藤:まあ、「また、この人来ているわ。いつも来てくれてありがとう」とも、もちろん思うんですけど。でもそういう人たちは、私たちがいなくても、私たち以外のどこかとつながって 自分の力でまた再生していける人たちなんですね。だったらどうしても私たちが必要なわけじゃないということになりますよね。まあ、全然役割がないとは思わないですけど。でも私たち以外にも色々な取り組みがあるけど、どれも、一番困っている人にリーチできていないような気がいつもしていたので。そのためにはどうしたらいいだろうといつも考えていて。

竹端:さらに、しつこいかもですけど、なんで一番困っている人にリーチしたいの? 

(写真)竹端 寛 さん/兵庫県立大学環境人間学部 准教授 *無理しない地域づくりの学校 校長

安藤:うーん、それを言われるとねえ(笑)

竹端自分たちだって、親御さんとして、しんどい思いを抱えていて、自分らのエンパワメントだけでも必死だった時期もあるのに、自分たちよりも、「より困っている人」に届けたいと思ったのは、なぜですか?

安藤:んーと、あの私は福祉を学んできた人間ではない。今までも専門的な意味で学んできたわけではない。だけど、何となく自分の考えの中で、社会保障とか福祉とかそういうものがある。そういう社会に生きているのにどうして、そういうものに、そういう支援に、ちゃんとつながれる人と全くつながれない人がいるのか。そして、本当は福祉というものは、そういう、自分から支援の手につながっていく力がない人のためにこそあるものじゃないのか、と何となく自分の中では思っているのに、でも実際に目の前で起こっていることは、そういう困っている人ほど何も支援がなくて、自分から動ける人にはたくさんの支援がある。その不平等感みたいなものが嫌だったんです。おかしいんじゃないかと思って。

竹端:それは仙台からこっちにきたときの違和感とつながるものがある?

安藤:そうですね。仙台ではケアがしっかりと受けられるのに、どっちも同じ税金払っているんだよ、同じ国民で、同じ国内にいるのに、何この差と思って。基本的に私は、何か動くための理由は、「怒り」なので。おかしいんちゃうか、ふざけんなというところからはじまるので。

竹端:というくらいで、この二人のやりとりを聞いて、尾野さんどうですか?

尾野:しばらく観察モードになっておりました。いやあ、まずは竹端さんの「なんでなんで攻撃」にここまで耐えられる人は久しぶりに見たなあ。(会場大笑)普段からこのレベルまで考えを掘り下げられるのは、なかなかできることじゃなくて。ここまで深く考えられる人いるんだと、感心しながら聞いていました。それを踏まえて、一番困っている人に支援が行き届かない問題というのは、私も関心持っているところです。助けを必要としている当事者を探し当てるって本当に難しい。あの手この手なんですよね。例えば「勉強会するよ」としても、やっぱりそこでは色んな人が来てしまうので限界がある。

私の話をすると、一番最初は、島根県で起業家育成をやっていた。ソーシャルビジネス育成。でもそれをやって、壁にぶち当たってしまった。結局そこで起業できる人って、限られているんですね。ちょっとこれおかしいんじゃないか。その逆の発想で、「起業しなくていい塾」、というのを始めて、それがこの形になったんです。起業とかうるさく言わないから、あなた自身のモヤモヤを話しにおいでと。そうするといつか起業するかもしれないよと、最終的に起業家が増える。そんな仕組みがこの形のはじまりでした。そしてこの岡山でやっている「無理しない地域づくりの学校」へつながった。今すぐ地域福祉に変革を起こさないでもいいから、自分のできる範囲で面白おかしく取り組む人を「あの手この手で」発掘していこうと。

それで、(安藤さんの活動について)「あの手この手」で、冊子も配るし、学校にも出向くし、かつ「うさぎカフェ」があって、色々な人がリーチできる。そういう当事者の掘り起こしの究極系なんだなと思いながら見ていました。やっぱり、それぞれにメリット、デメリットがある。「うさぎカフェ」だといい場所だけど、居心地が良すぎて、特定な人は盛り上がるけど、それが合わない人もいる、というデメリットがある。こういうふうな「あの手この手の掘り起こし」というところに、改めてどういうふうにたどり着いたのか、そのへんを今一度教えてもらってもいいですか?

(写真)尾野 寛明 さん/(有)エコカレッジ代表、総務省地域力創造アドバイザー *無理しない地域づくりの学校 教頭

安藤:ハンドブックは何で作ったかというと、私が仙台にいたときに、そういう親のための冊子がすでにあって、たすけられた。赤ちゃんがいることで、なかなか外に出られないんだけど、こういう冊子があることで、家から一歩も外に出なくても情報が得られて、いろいろなことがすごい細かく書いてあって、ありがたかった。だからこういうものが、倉敷にもあったらいいのにと思ったけど、「作る予定はないですか?」と親の会の人に聞いたら「そこまではなかなかね」と。そうなんだと思って。でもそんな思いをずっと持っていたので、いつかハンドブック作ろうと思っていました。

仲間になってほしい人をはっきりさせる

竹端:なるほど、さきほど仲間を集めるのは慎重だったと言っていましたよね、その意味は?

安藤:色々な団体の栄枯盛衰を見てきて、お題目は立派なんですけど、内部決裂して団体そのものが無くなってしまうのを何度もみたんです。私は、支えたい人たちのことが最初から頭に明確にあったので、その人たちのための活動をしたいから、内部でもめたくなかった。無駄だと思って。なるべくもめないようなメンバーでやりたかった。

竹端:コアメンバーははっきりしていた。

安藤:そう、義理とかこれまでの付き合いとかで、この人がいるといつももめるみたいな人を入れてしまうと、大事な支援の活動よりも、その人のことで振り回されて、色々なことが終わっていくと思うと、そんなことをやっている暇はないだろうと思ったので。そういうことにならない人、そういう人をメンバーにした。

竹端:同じ境遇の人、どうぞ集まってくださいの方が早いけど、

安藤:それはだめよ。笑

竹端:ということね。時間をかけて少しずつ増やした感じ?

安藤:まあ、最初の2、3年で集まってますけど、そんな誰彼なく入れていたら、それは私たちが支援する相手にとっても、いいことにならない。例えば、私たちは、ある程度子育てが終わった人がいいと思っている。それは、10何年人を育てていたら、ある程度自分の中で色々なことが消化されると思うんだけど。まだ幼児のお母さんには、やめときって。まだ自分が子育て真っ最中のときに、人のことまで支えている場合じゃないだろうと。そういう意味で、ある程度自分の問題が整理できている年齢で、それくらいお子さんが大きい人。あとは、そもそも自分の考えを押しつけたりとか、んーなんだろう、そのことをやることによって、それこそ自己満足ですよね、わたしが教えている、わたしが相談にのってあげてる、みたいなそういうことに酔ってしまうようなタイプの人に出会ってしまった保護者は不幸だと、自分たちの過去の経験からも思っているので、そういう位置関係を作る人は向いていないと思うから誘わないし。

竹端:これまでされて嫌だった人とは、ネットワークは組みたくない。

安藤:そうそうそう。

竹端: 逆にそういう人が来たとしてもことわったのですか?

安藤:まあ、上手にね笑 

竹端でも、来ますよね? 「安藤さんの力になってあげるよ」とか、恩着せがまししく言ってくる人もいましたよね?

安藤:恩着せがましくもあるし、ぜひ入れてくださいみたいな人もいたけれども、どうやって断ったかな、でもそういうことを言ってくる人に限ってだいたい向いてないんですよ。向いている人はこっちから誘うの、やっぱり。

竹端:あはは笑、そういうことね。

安藤:説教するタイプ。自分が正しいと思っているタイプ、そういう人はだめですね。来てほしいのは、人の痛みがわかるひと。まあでも障害児の親なんだから、みんな痛みを抱えているので、人の痛みが分かりそうなもんだけど、それでも受容のプロセスの問題もあるんだけど、それこそ、さっきの私みたいに、人の痛みがわからない時期もあるわけですよ、

竹端:気づけてない。

安藤:努力していないじゃん。と思ってしまう時期も、一人の人の中であるんだけど、そこを消化してもらっておいて、努力できないときもあれば、動けないときもあるんだ、人は人それぞれであって、それを何か、「こうあるべき」を押し付けるのは、おかしいんだよというような感覚を持ち得ている人に、仲間になってほしい。

竹端:あれだよね、尾野さんは色々なチームビルディングを色々見てきたと思うし、選び方は人で違うと思うけど、軸をはっきりさせるって大事だよね?

尾野そうですね、人材像は、こういう人というところはね。 

竹端:こんな人と仲間になって、ネットワークを作って広げていきたいというのをきちんと持っていると、わりとうまくいく。それがないまま、求めに応じて価値観が違う人をコアメンバーに入れると、うまくいかない。安藤さんは、そもそも自分がリーチしたい相手、この団体としてやりたい相手は、正に自分が馬鹿にしていたかもしれない、こういうところに来られない人というのが、具体的にあって そういう人とちゃんと出会うためには、仲間としてもそういう人に共感的であり、ばかにしたり、正しいことを押し付けたりしない人でないと、仲間になれないというのがあったから、こういう団体にしては、珍しく8年続いている。それはあるかもしれないよね。

尾野:よくあるミスとして、仲間を募集したい、人を雇いたいとなったときに、周りに「いい人いないだろうか」と漠然と聞いてしまう。でも、Aさんがいい人と思う人とBさんがいい人は、どちらもいい人であったとしても、それが合致する人ではない。

安藤:それはありますね。あなたはそう思ったかもしれないけど、私はそう思わないと。充分ありますね。

尾野:「誰かいい人」を一段階乗り越える深い思考が必要なのかな。

自分事として考えるために、嫌いな自分を見つめる

安藤:色々な人を見ていて思うのは、客観性を持ち得ない人はものすごく多くて、自分が今どういう状態にあるかとか、自分が他人に対してどんな態度に出ているか、こういうふうに働きかけたときに、受け止め手の方はどう感じているんだろうかとか、客観的に見れる人って少ないんですよ。

竹端:安藤さんは、それは、どこで身に着けたの?学生時代からあったの?

安藤:学生時代は何も考えていないですよ(笑)。私は、結婚してすぐ子どもができたので、結婚歴、子育て歴がほぼ一緒なんですけど。子育てを始めてからは、常にどこかに自分を見ている自分がいる。私は、頭でっかちだったので、「子供のことがよくわかってます。」みたいな振りをする人間だったので、そういう振りを外でしていながら、実はまったく子供のことを受け入れておらず、扉がしまって家の中に入ってから、子供のことを鬼のように怒っている自分というのを、どっか自分が見ていて、なんていうのかな、そういう自分で自分にうそをついているということをずっと感じていたので、すごい苦しかったんですけど、そういう感覚はずっとある、

竹端:そういうことは、ふつう墓にもっていく話で、こういうとこで言わないけど、なぜ。それを さらけだすのか?

安藤:あはは(笑)だいぶ言っているけど。まあそこを乗り越えたので、もうそういう一番嫌いだった自分の状態は、脱したんですね。一応。別に完璧な人間になったつもりはないけど、あの一番ひどかった時代はのりこえたので。

竹端:それは、おこさんがいくつくらい?

安藤:えと、子どもが12歳くらい。

竹端:10年前くらい? 

安藤:そう、まだ30代ですよね、そこをのりこえて、自分が楽になってくると、まあ色々なことに寛容になれるし、うん。

尾野:これって「自分ごととして仕事に向き合う」ための一つの壁でもあるんだろうなと思いながら聞いていました。多分、今日来られている方も含めて、多くの方はやっぱりこう自分ごととして、こう何か地域にたずさわりたい、今の仕事を深めたい、何かをはじめたい、でも自分ごとになるには、どうしたらいいかで悩んで、つまっている。「嫌いだった時期」=「壁にぶち当たったとき」なのかと思う。その時どうしたらいいのか。何かうまく言えない(笑)

竹端:(笑)珍しいね、そういう意味で言ったら、「自分が嫌いな時期、ポイント」って、自分自身の弱みでもあり、そこを超えない限り開いていかないポイントでもあると思う。そこの手前でひきかえすか、そこをこえて突き進むのかで、何か大きく変わるような気がしていて。それはサラリーマンであろうが、事業主であろうが、関係なく、その部分をこえていけるかどうか、それが次の展開にいけるかどうかのすごく大きなポイントやと思う。それがこの学校で大事にしている、「他人事でなく、自分事として考える」ということ。安藤さんはそこを超えてきたんやろうなと。 

安藤:あの、さっき墓の中に持っていくようなと言われて、え、そうなの?と思ったんですけど。例えば、他の集まりでも、障害者の保護者として体験談を若い保護者の前で語りましょうと求められることは、まあ、あることなんですけど。そういう集まりに行ったときに、私と同じような「先輩親」の人たちが「自分のこどものことがうまくいっているときは語れるけど、うまくいっていないときには語れないよね。」と言い合っているのを聞いて、なんで?と思って。まあ、言いたくないことは言わなくていいと思うけど、言ってもいいと思うんだったら、うまくいっていないことも言ったらいいじゃないかと思ったんですね。それは、だって、子どものことなんだから、うまくいっていないといっても、別にお母さんの努力うんぬんではなくて、どうしようもないことも色々あるわけですよ。でも、それをそのお母さん自身が、それはとても苦しいことだし、口にするのもつらいかもしれないけど、それでもしゃべっていいと思うんだったら、しゃべってくれたらいいと思うんです。それが他の保護者にとって慰めや共感につながることもあると思うので。私は、親の会時代、他の団体、他の人が他山の石になっているんですけど、得々と、うまくいっていることばかりを語る人間は嫌いなんです。

竹端:わはは(笑)いるよね、こんな成功して、こんないいことしてと。

安藤:まあ、それはね、今、他の人から見たら私もきっとそう見えると思うんだろうけど、特に子どものこと、子育てについて、わたしこんなふうにうまくやりまして、おかげでうちの子こんなに立派になりましたって、得意げに語るの、何それって思うんですよね。子ども自身の力が大半じゃろ、それをまるで我が手柄のように言うって。いや、あなたのお子さん自身が頑張ったんでしょって、なのにまるで、自分の成績表みたいに自分のこどものことを語るのって、本能的に嫌ですね。

尾野:そういうときは、うまくいかないからとりつくろっている。

竹端:自分に自信がないからね。子どもをだしにしてね。

安藤:それは、すごくあると思うんです。障害児の親になると、ふつうの人生じゃなくなると感じるので、人より何か下になったみたいな気が、一度はすると思うんです。そういう中でね、あの、自分の子育て中に、他の人たちを見てて、子どもの障がいについて、プロみたいにバリバリに勉強して、「わたしこんなにやってます!」とアピールする。

それってどこに行きたいんだろうって。私は、子どもをきっかけに福祉の道に目覚めるのはありだと思うんです。そういう人は、たくさんいる。でも、そういう人は大抵、自分のこどもと無関係なところで仕事するんです。私が嫌いなタイプは、自分の子どもの前にレールを敷く人なんですよ。そして、その上をわが子に着実に歩ませようとするんです。それって誰の人生なん?と思うんですよ。福祉の道をやりたいなと思ったとしても、それと自分の子どものために色々寄せ集めて、そして、このお母さんが作った道を進んでいきなさいというのは、それは全然違うことだと思っているんですね。ある意味そういうことをする人は 福祉的な人間ではないというか、あの、なぜかわからないけど、私は公益的なことにしか興味が持てない。でもそういう人たちは、共益なんです。自分の周りの人たちのためにはいいことしたいけど、多くの人のためになるようなことをしようという気がないんですよね。そういう考え方がそもそもいや。

楽しんで続けるために、自分の好みや価値観を大事に

竹端:最後の質問なんですけど、「安藤さん、そんなに自分の好みや価値観を全面に押し出していいの?」って思っている人もいるかもしれないと思うんですけど。

安藤:好みや価値観をおしだしていいか?

竹端:いやとか言ってたじゃん。

安藤:(笑)

竹端:「そういうの、いいんだろうか」という疑問を持っている人もいると思うの。

安藤:あーそう、いいでしょ!別に!(会場 大笑)というのは、自分たちが楽しくないことで頑張れないので。だって、結構大変な話も聞く立場ですけど、でも自分がやりたいと思うことを楽しくやれるから、続けていられるのであって。楽しくなきゃ本当、できない。なんでわざわざそんな大変なことをってそれこそ色々な人から言われるけど。楽しんでやるからには、嫌なものは嫌だし、いいと思うものはいいし、それが受け入れられないと思う方もいるかもしれないけど。団体の作り方としては、私の想いが全面に出ているかもしれないけど、ただ向き合っている人には、なるべくフラットでいようと思っているので、そういう関係性をつくろうとしている以上、団体運営自体は、自分の好きなようにというか。

竹端:もっと言ったら、一緒にやっていくメンバーと一緒に話し合う中で、好きなものとか、共有しているから、できているっていうのもあるよね。

安藤:うちの団体は、みんなよくしゃべるんですよ。特にここ来るまでに会議室を借りていたときは、毎日毎日よくしゃべっていたけど。何をやりたいとか、誰とやりたいかとか結構みんな似てくるんですよ、一緒にやっていると。この人のやり方嫌じゃない?と聞くと、だいたいみんなも嫌と言う。でもそういうやり方が好きな人もいるよね、そういう人はそっちに行けばいいけど、うちらはそれはやりたくないよねという感じで。

尾野:これはいや、あれはいやと並べていると、必然的に消去法で、こうしたいになると思う。

竹端:いや、むしろ日本人に必要なのはそれなんよ。特にあれもいや、これもいや、福祉現場等では言ったらいけないと思い込んでいるからさ、あたしこれいやということを。

安藤:結構、みんなアレルギー反応的に、いや、これ無理とか。

尾野:むしろ、それ長生きの秘訣かもしれないし。

竹端:ストレス減るからね。いやあ、めっちゃ面白い話が聞けました。ありがとうございました。

関連記事

【特集】やりたいことに寄り添う人たち ー 三好さんと阿部さん

vol.27(2020年02月号)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

vol.25(2019年08月号)

地域のなかでかくさずにやろう  すみませんといいながら、許してもらえるまちづくり