ボランピオ

vol.27(2020年02月号)

【特集】やりたいことに寄り添う人たち ー 三好さんと阿部さん

2020年03月13日 14:07 by youi_center

このインタビューを企画したきっかけは、ゆうあいセンターに訪れた二人の何気ない会話だった。視覚障害のある阿部磨呂さん(チーム響き)に「目の見えないやつには負けないな」と言う三好祐也さん(認定NPO法人ポケットサポート)。 難病を持つ彼に「ちびには負けません」とやり返す阿部君。親しげにお互いをけなし合う二人の対談を聞いてみたいなと思った。

障害や病気を持っていることを理由に差別することは当然許されない。でも気の置ける友人同士になれば必ずしも「馬鹿にしてはいけないこと」ではない。けれど、当事者と出会う機会もないまま、幼少期からそう教えてしまうことで、飛び越えられていないものもあるのではないか。健常者と障害者の間に「境目はない」はずだ。そんなことを考えながら、阿部さんに三好さんへのインタビュアーをお願いした。

テキスト・編集:西村 洋己 (ゆうあいセンター副センター長) 
撮影:かなみつこうたろう(ゆうあいセンターボランティア) 
取材場所:ゆうあいセンター

尊敬する三好さんに聞く

阿部:じゃあ、尊敬する三好さんにインタビューを。改まって、あんまり聞くことないじゃないですか。まず、なんで、ポケットサポートを立ち上げようと思ったんですか?

三好:そんな何十万回も話したことを今さら、答えた方がいい?(笑)

阿部:(笑)いや、必要らしいので、一応聞いておこうかなって。お願いします。

三好:そうですね。自分が当事者だからというよりは、二つくらい要素があって。一つは、磨呂君も院内の学級に通っていた時期があったり、長期入院を経験していて分かると思うけど、ああやって病院の中に集う場所があったり、同世代の友達ができることで、救われる部分とか、ちょっと治療の嫌なこととかを忘れて没頭できる時間があるって、すごい有効じゃん。で、それは自分も同じで、これは必要だな、あれがあったから良かったなと思うことがあって。

一方で、退院した後に、今まで病院の中では、楽しく過ごしていた、色々なできることがあって、友達がいて、でも退院して地元に帰ったとたんに、できることが少なくなったように感じる。むしろ、病院にいた時の方が快適だったなって感じたり、なんでなんだろうなと思うことがあって。

あるときに、子どものお母さんから「退院したあとも、こうやって話をしてくれたり、勉強教えてくれる人がいたらいいのにな」と言われて、それで大学院生のころから、病気の子ども専門の家庭教師をやっていて。あとは、今スタッフとして手伝ってくれている、当時サポートしていた子たちから、「入院していたときの友達とまた会える場所がほしい」と言われて。その退院したあとのサポートの話とか、退院したあとも、またみんなで集まりたいよねって話とか、そういうみんながほしいと思っているサービス、サポートみたいなものを作りたいなと、それが一つ。

三好:もう一つは、僕の当時の夢はなんだか知ってる?あなたと出会った大学院生くらいの頃。

阿部:いや、知らないです。

三好:あの頃、僕は、院内学級の先生になりたかったんです。大学院で院内学級の研究をしていて、岡山県の院内学級にアンケートやインタビューをとって、フィールドワークで色々やって、それも教職の免許とかも取ろうと、色々やっていたころで。ただ院内学級の先生になろうと思ってなれる職じゃないってことがわかったんです。

阿部:はい。

三好:でも、病気を抱えている子どもたちの教育、支援に携わっていきたいな、いくためにはどうしたらいいかと模索しているとき「NPO法人」という組織形態があることを知って。色々なところで話をしたり、想いを伝えているときに、こういうことは社会の課題の一つで、それを解決する方法に、ソーシャルビジネスなどの手法があることを知った。それは、誰かがやっているのかといえば、誰もやっていないみたいだと思ったので、じゃあ誰もやっていないんだったら、自分がやるしかないのかなと思ったのが大きい。それがポケットサポートができるまでの大きいアウトラインかな。

支援拠点である支援拠点で、学習支援をしている様子/ポケットサポート

阿部:じゃあ意外と夢からなっていたんですね。

三好:一つは、自己実現のパターン、もう一つは、みんなが必要だ、ほしいと思ってきたことをボランティア活動の中で、色々形作ってきた、この2つが合わさったもの。

阿部:ありがとうございます。じゃあ、これまで一人の支援者として、大変だったことを聞いていいですか?

三好:大変だなあって思うこと。うーん、やっぱり、自分の病気とか、障害をどれくらいその人が受け入れていて、その人が何を欲しているのか、そのことのバランスがとれていないとき。どうするかなと。

逆を言えば、病気や障害を受け入れてなかったり、変に曲がった形で受け入れていたりとか、そのままだとよりよい生活にならないだろうなと思うときかな。その一方で、その人がこうしたいなっていうことがある、そこに病気の程度が合わさったときに、そのベクトルに進むのが「難しい」ならまだ一緒にチャレンジできるけど、それを実現しようとしたときに、この人自身に「危険が及ぶな」と感じた時に、それを回避するのかどうか悩ましい。でも、この人の自己実現をしたいなと思う。その時かな、一番大変だなという風に感じるときは。自分自身はね。

当時者あるある―長期入院編

阿部:そうなんですね、じゃあ、楽しいと思うときは?

三好:毎日感じていますよ。(笑)

阿部:幸せ者だ(笑)

三好:でも、それは、周りの人たちが、支えてくれたり、認めてくれたりしているからなんだろうな。楽しいなって思うのって。結構、自分自身の楽しみって、実はあまりなくて。誰かと何かをしている自分とか、楽しそうに誰かが過ごしているのを見ている自分が、個人的には好きで。自分自身が何かに没頭しているというのは、それこそ「音楽やってるとき」くらい(笑) 

 

三好 祐也(みよし ゆうや)
/認定特定非営利活動法人ポケットサポート 代表理事

病気による困難を抱えた子どもたちを支援する団体「認定NPO法人ポケットサポート」代表理事。 香川県直島町出身、岡山市在住。 ネフローゼ症候群で5歳から8年間の長期入院。院内学級での学習支援、闘病経験と多くの出会いから法人設立。 モットーは「病気だけど誰より元気!」 趣味.音楽全般/マンガ/ゲーム/ドラクエ/お酒/プロレス観戦

岡山大学経済学部卒業 岡山大学大学院保健学研究科修士課程修了 研究テーマ:病弱教育、院内学級 自身の経験を通じて10年以上にわたり、病弱児の学習・復学などの自立支援と環境理解のための講演活動を行う。講演は学会や大学、小・中学校、福祉関係など多岐にわたっている。

阿部:楽器は何をするんですか? 

三好:ギター弾いたり、ドラム叩いたり、ピアノもできます。ちょっとだけど。

阿部:へー、すげー!

三好:(笑) 病弱だったので、母親が幼稚園の先生で、入院中にずっとピアノを教えてくれて、楽譜が読めるようになって。僕らのころは、グレイやラルクがすごい流行って。あとは、テレビの中でキンキキッズが吉田拓郎にギターを習っているのを見て、僕もギター弾きたいなと。家には父親のフォークギターがあって、それをジャカジャカやってみたりとか。

阿部:僕は、入院中、もろテレビに走りましたね。あの「ファミリー劇場」ってCSの番組知ってます?それとキッズステーション。その二つをいったりきたりしてました。ドリフを見たり、ポケモンみたり。

三好:テレビは僕もよく見ていたし、長編アニメーション映画、そのころはDVDなんてなかったので、VHSを擦り切れるほど見ていたなあ。

阿部:入院時に、テレビカードがなくなるのは死活問題ですよね。

三好:それこそゲームもしていたし。でも、ゲームもテレビも、自分の楽しみでもあったけど、人と話をするためのツールだったかな。このテレビ面白いよね、このタレントかっこいいよね、話のネタという感じで、自分自身がそれに没頭するということはなかったかな。楽しいけどね。

阿部:(三好さんの入院していた)岡山大学病院は、院内学級があったからいいですよね。僕らは、当時プレイルームがなかった。プレイルームができたのも、僕が小学校中学年くらいだったから、病室で過ごすことが多かったかな。あとは、廊下で、点滴に乗っかって滑ったり。

三好:ああ「点滴スケート」!(笑) 最近、あれ見なくなったよね。「点滴スケート」あと「暴走車いす」!

阿部:あーやります、やります!

阿部 磨呂(あべ まろ)
/障がい者と健常者の架け橋になる団体「チーム響き」代表

岡山市出身 先天性の胆道閉鎖症と眼振による弱視を患い小学5年まで入退院を繰り返し小5の時に生体肝移植を行う。その後は神経に強い痛みに襲われる。中学校の時に支援系の学校で「障がいがあっても自由な生活がしたい」という強い思いを様々な方から聞きチーム響きを設立 モットーは「明るく楽しく元気よく」 趣味:アニメ/読書/音楽鑑賞/野球鑑賞 広島並木学院高等学校 普通科 卒業 現在はチーム響きで活動しながら放送大学で公認心理士コースを取得中 「一支援者、利用者ではなく対等な仲間として楽しく活動しています」 

三好:あるあるじゃん!

阿部:車いす暴走は大学生になっても大学でやりました、あれは(笑)

ーすみません、全然「あるある」じゃないですね(笑)、ちょっと解説を入れてもらってもいいですか?

三好:ですよね。小児病棟の中で、おとなしく過ごしている層とそうでない層がいるんですけど。あの点滴の棒の下に、コロコロがついてるんです。要はそれに乗っかって、滑るんです。それが「点滴スケート」と呼ばれていて。色々な呼び方があるみたいなんですけど。

阿部:小児だと、身体が小さいからうまくのっかれるんですよね。 

三好:結構、怒られるんですけどね。それをやると。

―なるほど。

阿部:僕、それで思い切り身体ごと倒しちゃった時があって、めちゃくちゃ怒られました。後、小さい頃は意味なく心電図つけられましたね。出歩くな!って(笑) プレイルーム行かさないために。

三好:病院の中にプレイルームっていう玩具や漫画がおいているところがあるんですけど、点滴や心電図をつけていると、そこに行っちゃだめだってルールがある病院があるんです。そこに行かさないためにつけられるという経験が、彼にはあったんでしょうね。僕にはなかったけど(笑)

もう一つ、「暴走車いす」とか「車いすウィリー」。院内では安静度を保つために、子どもたちは車いすに乗って生活していて、移動するときも使うんですね。で、いわゆる自走式の車椅子って恰好の玩具なんですよ。ウィリーしたり、回転したり。僕が入院していた病棟は、H字状の廊下だったので、それをいいことに、看護師さんがこちらに来ているのが見えると、見つからずに移動できるどうかをしていた人がいるらしいです(笑)

阿部:僕がいた国立病院は、1本線なので、曲がるときには、必ずナースステーションを通らないといけない。だから病棟ではできなかったので、レントゲン等で下に降りるときに「一人で行ける?」と聞かれたら(「はい」と言って「車いすに乗っていく。」)下で、迎えの看護師さんが来る前にめいっぱい遊んでました。

三好:さっき、あるあるじゃないなという話でしたけど、こういう話は、当事者同士でしなさいね、って子どもたちには伝えてます。こういう話、誰にも分らないからなって。

阿部:あとは退院後、お医者さんごっこをすると、周りに引かれました。ふつうは、「あなたは風邪ですね」って普通の子はするところを病名がやはらマニアックだったり。採血や点滴も「ブドウ糖いれますね」って。ディティールが細かい。

三好:今は、それは振り返ってどう思う? 

阿部:きっと変な子でしたね。

 朗読劇の練習の様子 後楽館高校演劇部×チーム響き一丸となって練習しています

当時者として言葉にすることの意味

三好:今、色々な子への関りの中で思うのは、そういう単語を出している自分ってすごいだろって思っているのが一つ。もう一つが自分の中のもやもやを言葉にして発散しているんじゃないかなと思っていて。大人たちの前では、怖そうな病名を言えないけど、友達とのお医者さんごっこでは、言っても大丈夫だなと思って言えたりとか、無意識なんだろうけど。でも、言いたいんだよね。

阿部:ああ、自分はどうだったんだろう。

三好:意識していないけど、例えば、病院の中で「白血病」って言ってみたいって気持ちだったり。自分の病名は、いくらでも言えるけど。人の病名とか、聞いた事のある病名って自分の口をついて出すところに抵抗感があって。それを発散していたのかなって。

阿部:今でも人の病気について言うのは抵抗感あるかな。聞くのも抵抗感ありますし。

三好:必要事項ではあるけどね。ある程度の病識=(病気の知識)があると、腎臓の疾患だったら、こういう薬使っているんだろうなとか、こういう対処療法を経験してきたんだろうなと知っている。それをわざわざ本人に言わないけれど。それは、想像つくよね。

阿部:身体的なものは、外見に出ることも多いし、「ポケットサポート」は、そういう方にがっつり関わりますよね。「チーム響き」は、ふわっと関わる人も結構多い。発達障害や精神障害のある方も結構多いので、持っている障害とかありますか?と最初に聞くんですよね。でも、やっぱり嫌な顔をされたりとか、あと言いたくないという方もいる。昔は、毎回聞くようにしていたけど、今は自分から言いたくなるまで聞かない。配慮することはありますか?とかは聞くけど、それ以外は聞かないようにしていますね。

三好:僕らも病気のことは直接聞かず、生活上、気を付けないといけないことある?と聞く。これをずっとやっていると疲れることある?とか、ひらたく聞いて。病気、障害そのものよりは、それによっておこる困難なこと、困りごとを聞いておかないと、本人も不安じゃん。中には、肩を触られるのが嫌な人もいたりするしけど、親しくなると、自然に肩を叩いたりすることってあるから、そうしないようにとか。

―先般、阿部さんに手伝ってもらった福祉講座でも、参加者の方から「障害のある方と町で会ったときに、どういう対応をしたらいいかわからない」と言う方がいました。でも阿部さんの話を聞いて「こういう障害だからこう接しよう」でなくて、個別に困りごとは違うからまずはコミュニケーションだなと思ったようです。「必要以上に、助けなきゃと思わなくていいんだな」と感想で言われていました。一般に、何か福祉課題を持っている方と接するときに、必要以上に腫れ物に触る感じがまだまだあります。お二人もきっとそういう経験があると思うんですけど、どんな風に感じていますか?

阿部:僕ら側から発することを大事にしています。当事者の方から発信しないと何も動かないですよって。響きに関わってもらう方には、最初のプレゼンでそれを伝えています。もちろん言いにくい方もいる、そういう人については、響きの活動の中では配慮します。けれど、外にでたときに、何かのサインは必要なんじゃないかなというのは、思うことですね。

―発信しないと動かないよというのは、なぜそういう想いを持っていますか?

阿部:今、障害者差別撤廃法やら、UD(ユニバーサルデザイン)やらでだいぶこう色々なものが整ってきているじゃないですか。でも、関わっている人をみると、自分は障害だから何もできないと思っている人が多い。なので、うちでは、やりたいことを一緒に考えて、自ら作っていくようなプログラムをやったりしている。あと、外に出にくい子は、行きたいところを聞いて、一緒に出ていったり。やっぱり、すべてを配慮することは支援者でも難しいんですよね。で、僕らは気を付けていてもそれだから、一般の方に伝わりにくい。だからこの部分は、自ら伝えないとわかってもらえない。

やっぱり伝えられない子って、遊びの中でも萎縮している子が多いんです。受け身になっていたり。そういう子って、一人の方が気軽な性格なのかなって、あえて近寄らないってこともある。でも、実はその子は自分が関わっていきたいし、輪の中にもしっかり入りたいと思っている。スタッフがそれを知っていれば後押しできるけど、それを知っている人がいないと、日常生活ではうまくいかない。だから自ら伝えることを意識して言っています。

チーム響き主催の交流イベント 10代を中心にブラックボックスやクイズ、ボードゲーム等を行う

空白(ポケット)を支える取り組み

三好:あの、言わないとわかんないよねっていうのはその通りだと思う。言語で伝えるのか、何の手段かはその人次第だけど。ただ、言わないで分かるなんてないと思っている。それを言わないと分からないのかって。(笑) ややこしいな。

色々話も聞いていて思うこと、色々経験したり、体験して思うのは、生まれつきや小さいころから、病気があったり、障害があったりする人たちって、色々なことをチャレンジするきっかけを人より与えられていないことが圧倒的に多いと思っている。(その子の周りが)転ばぬ先の杖を突きすぎちゃってて、ガチガチで。何もできないって思われていたりとか。命に危険が及んでしまうと思われて、チャレンジできなくて、自分に何ができるのかすら分からない。あとは、自分が何に困っているかも分かっていないという人がいる。

そんな人に対して、「何か困ることはありますか?」「何かしたいことはありますか?」と聞いてもそもそも何ができるか分からない。過保護に育てられていたりして、自分が何に困っているのか分からない。今まで周りにサポーターがずっといたんだもん。やっぱりだからそこは、活動の中で、「選ぶ」ってことと、「決める」ってことを僕はさせるようにしていて。

例えば、カードゲームで配るカードの枚数を、「3枚、5枚、7枚どれにしますか。」とか。本人がどのくらいだったら、このゲームを自分が楽しくできるか、簡単な所から選んでもらう。よく「三好さん決めてよ」と言われるんだけど、そうじゃなくて「あなたが決めて」よって。

季節ごとに行われる交流イベント。病気の子どもたちのきょうだいや家族も参加。クリスマス会では、毎年チャリティーサンタとのコラボレーションを行っている/ポケットサポート

阿部:そういう時にアドバイスはだしますか?

三好:出さない。だって、そんな難しいことじゃないでしょ。でもそれくらい単純なところから、自分が決めて、周りが納得して、ゲームがはじまる。それもスモールステップ、7枚でうまくいった、だから8枚にしてみよう。これではうまくいかなかったから、減らしてみようとか。このゲームでの適切な枚数は、7枚でした。という風に。

阿部:アドバイスを出さないことにびっくりしました。

三好:何を目的にしているか、かな。みんなアドバイスをされ慣れているので、自分で納得して決めてもらう。それで回りも納得して、物事が動いて良かったとその経験をさせるのが目的だから。よほどじゃない限りはアドバイスしない。

阿部:僕が苦労しているのが例えば、何かをお願いしたときに、その場では「はい」って言っても、顔を嫌そうだったりする。その「はい」を尊重するのか、嫌な顔を尊重するのか、どっちを選択すべきなんだというのが悩む。年下の子は、僕らにも気も使うだろうし、余計にですね。

三好:その話でいくと、自己有用感みたいな。あなたがいてくれて良かった。あなただからこれを頼んでいるんだよっていうそのメッセージをどういう形で伝えようとしているかとか。まあ、ポケットサポートでも病気や障害とかある人が働いている。その中で、年下であまり経験がない人には、一応、その仕事のやり方とか、仕事のゴールはきっちり見せて伝えるべきというのはあって。進捗は確認してあげる。当たり前だけど、

「ありがとう。そこまでできてるんだね。じゃあ、次、このくらいを目指して、ここやっておいて」という的確なステップのあり方をちゃんと伝える。仕事はそうかな。その子が困っているときに、困っているだろうなあと思ってどうするかなあとみて、どうしようもないときには手助けするけど。

この間すごい出来事があって。磨呂君と同じくらいの世代の男の子がいるんですけど。その子に、「段ボールを潰して、まとめといて」って、ひもを渡したんです。そしたら、紐を持ったままずっと立っている。「どしたん?」と聞いたら、「やったことがない。」って言う。で、左手にはiPhoneを持っている。「段ボールのまとめ方を調べてみたら?」と言うと、「ああっ。」と自分で検索して、動画を見て、やりだして。でもひもの結び方がゆるいから落ちるんです。そこまでもこちらは想像がつくわけです。で「どしたん?」「うまくできなくて」「じゃあ、こうやってみたら?」「はい。」って。

その人は20代だけど、そうやって段ボールのまとめかたを覚えていく。家でやってこなかったのか、周りも彼に雑誌をまとめることをさせてこなかったのかなあって。 

阿部:なるほど。サポートを必要としている人に何かを頼むとき、いつもどこまで頼んだらいいのかは、悩みますね。

三好:お仕事って何が大変かっていうと。締め切りとそのクオリティだと思うんです。だから、僕らが求めているクオリティの何割くらいのものが、どこまでの時期にできるか。だいたいそうでしょう。誰にもできて、時間かかっててもいいものなら任せやすい。でも来月のいつまでに、これだけをやらないといけないとなった瞬間にプレッシャーがかかる。何か、磨呂くんのお悩み相談みたいになってきたな。(笑)

これまでとこれから

―少し話を変えますが、三好さんが関わってきた子どもたちの中で、支援団体をつくっているのは、阿部さんだけですか?

三好:そうですね。チーム響きは、ポケットサポートより活動を始めたのが早いらしいですよ。いつ設立だっけ?

阿部:設立は2014年ですけど活動開始は2010年です。

三好:うちが2011年だから僕より先輩ですよ(笑) でも、その頃はそういう活動をしていることは知らなかったんで。すごいなと思っていて。結構、個性の強い人たちをまとめている感じがすごいなって。

阿部:(笑)本当にね、遅刻は多いし、みんな気の向くままでね。

三好:ポケットサポートのメンバーとチーム響きの人たちで話をしたことがあって、メンバーが、「チーム響きって何かすごいすねって。」って言っていて。でも、ビジョンとしてしっかりしているなとも思っているし。個性の強い人たちと一緒に、個性の強い人たちを相手にしようとする心意気。それってすごいなって。大人たちって守りに入って、個性の強い人達をまとめるのも大変だし、そういう人たちと積極的に関わろうとする人って少ない。障害のある人にどう接したらいいかわからないという方からすると、ものすごい難しいことをやっているように見えるし、実際そうだと思う。

それはなんだろう、彼のキャラクターだったり、取り巻く人たちの突出したものが色々あるんだろうなと思っていて、そこは何かすごいなと。NPO でも、福祉の業界でも、この人は利用できるけど、この人は難しいという線引きをしていると思うけど、そこをオープンにして受け入れている。そうすればするほど大変になることいっぱいあると思うけど、それをやっている。外からみていると楽しそうだなと思うだろうけど、中からみていると大変だろうなと感じています。

あと磨呂くんに関していえば、自分自身の困難さをあまり出さずに、周りにいるたちの困難さを伝えようとするところ。結構当事者がリーダーの場合、自分の困難さ、自分が今まで受けてきたことの大変さを伝えて、それが大変だったからこうしたいという人はいる。けれど、そうではなくて、周りにいるひとたちがこうしたいと思っていて、それをサポートしているというスタンスがすごいなと。

阿部:ありがとうございます。そう思ってくれているのは、純粋に嬉しいです。僕らはいつか、三好さんに追いつけ、追い越せと思ってやっているので。

三好:いつでも、受けて立ちます。笑

阿部:僕らは「楽しい」っていうのが、表立って目立つ団体なんですよ。なのでよく「遊びの団体なんでしょう。」て言われるんですね。実は、ただの遊びの団体にはない苦労があって、そういうところで悩んでいるので、そういう部分を見てくれていると嬉しいです。

三好:結構大変な人達が楽しく遊べる状態を作るって大変ですよね。

―同じく、長期入院をしたり、二人と同じ経験をしている若い子たちは、どんなふうにみていると思いますか?

三好:どんな風にみてくれているかは分からないけど、何か困ったときに頼れる存在でいたらいいかなと思っているかな。べったり付き合いたかったらそれもありだし、ピンポイントで離れていくのも全然ありだし。

病院の中で長く過ごしている若い子たちって、医療者になりたいって夢を描くことが多いんですね。そこをずっと見てきているし、そこに助けられている経験が強いから。けど、それしか知らない。それこそ「だっぴ」(*NPO法人だっぴによる、自分の生き方について考える若者と既に岡山で自分の在り方を見つけて 魅力的に生きている人との出会いの場。本号の寄稿記事参照。)みたいなところに行けばいいのになとも思う。けれど、色々な形で人を支えるというやり方があるので、医師や看護師さんというものに囚われないでほしい。

 先にも言ってたけど、その子が抱えている課題とその子がやりたい自己実現というのがあって、頑張ってそこまでいけそうか、危険が及びそうか、そのライン引きがある。別にあきらめろという話ではなくって、色々なものを見聞きして、その上でそれと思うんだったら、それを目指せばいいと思うし。僕らは活動の中で色々なものと出会っていて、色々な立場で経験していて、知っているから。知ったうえで選んでいるからお互い納得してやっているんだろうなと思うので。

病気を抱える子どもたちの地域支援ネットワークを広げるための講演会で、理解・啓発を行う。支援ネットワーク、拡大中!/ポケットサポート

阿部:僕は、一生、「響き」をやっていきたいとは思っているけど、これが仕事になれば幸いですけど、それができるのかなというのは、まだ22歳の段階では先が見えない。とりあえず卒業かなって思っています。

—最後にお互いに聞きたいことがあれば。

阿部:そうですね、今の夢って何ですか? 

三好:難しいこと聞くなあ。(笑)この間、誕生日に何がほしいって言われて。特に何も思わなくって。欲しいものっていうのは特になくって。でも、夢っていうか、関わる人たちがハッピーでいてほしいなというは、一番思っていて。

阿部:それはあります。

三好:「ポケットサポート」としてはまだまだ認知が広がっていない。制度として色々整いつつあるものもあるけど、それを使っていない人たちが結構いて、それって結局やっていないことと一緒になるので、もっと色々なものがうまく繋がっていくといいなって思ってるかな。

阿部:僕も、「響き」に関わってくれている人には、その人がどんな形であれ、人生うまくいってほしいなと思います。三好さんと僕の決定的に違うところがあると思っていて、三好さんは、自分もハッピーで回りもハッピーにしたい。僕は、まだ自分のことより、人のことをハッピーにしたい。のかなあ。

三好:何か自分の方が、偉いみたいな?(笑) 俺の方が利他的だ?

阿部:誰もそんなこと言っていないですよ((笑))、僕の理想は、三好さんです。自分もハッピーになれたら良いなと思っている。

三好:でも、トップがすごいつらそうだなと思われたら、夢はないので。

阿部:それは見せないですけど。よく親に怒られるのが、「自分のことをもうちょっとちゃんとしなさい。」障害者年金も、もう3年くらい何も申請せずに、診断書だけ、何度も取り直していて。

三好:ちゃんとしな(笑)

阿部:三好さんは、いろいろきちんとできていて、うらやましいなと思っています。

三好:みんなが助けてくれているからね

阿部:そうですよね、とりあえず、イベント頑張ります。ありがとうございました。

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チーム響きによる朗読劇とトークショーのイベント。
2020年4月19日(日)開催予定

 

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