今年も各地で起こる災害、新型コロナウィルスの影響もあり、県外からの支援が難しいなど、新しい形での支援のあり方が求められています。被災地は、苦しみや課題を抱えながらも、一方で、復興に向けて、誰かの想いが出会いにつながり、新しい可能性を生み出す場所でもあります。
困っている人を見て、自分が何かできることはないだろうかと、湧き上がってくる想いは、行動にうつすことで、思わぬ縁を生み、物語へと発展します。今回は、2年前の西日本豪雨をきっかけに、アナウンサーの皆さんの想いからはじまった一冊の本についての活動を取り上げます。ぜひ、お読みください。
テキスト・編集:西村 洋己 (ゆうあいセンター副センター長)
撮影:岸 祐生(ゆうあいセンターフロアマネジャー)・西村 洋己
左から 遠藤 寛子さん /おはなしのWA♪
氏峯 麻里さん /イラストレーター
西田 多江さん 、中村 恵美さん /おはなしのWA♪
活動のきっかけは東日本大震災、そして西日本豪雨
遠藤:私たち、「おはなしのWA♪」は、元RSKアナウンサー6名の団体です。代表、江草聡美をはじめ、それぞれがフリーアナウンサーとして活動しています。きっかけは、2011年の東日本大震災です。当時、岡山にいながら何かボランティア活動ができないかと思っていましたが、朗読を通してできることがあると考え、活動を始めました。最初は、保育園、幼稚園などで、読み聞かせをして、いただいた謝礼を被災地に寄付する形で支援活動を行っていましたが、ただ依頼が来るのを待つのではなく、自分たちから行動しようと3年目から朗読会を開き始めました。現在は、毎年3月11日に近い日にちで「3.11 朗読と音楽と伝えたいこと」というチャリティーイベントをルネスホールで開催しています。小さな朗読会も多い年では7回ほど開催していて、それらで頂いた浄財は会を通して縁ができた福島県の「いいたてっ子未来基金」や真備町の被災地域にある施設などに寄付しています。
―災害をきっかけに、ボランタリーな活動を始める方は多いですが、長く続けることは難しい。皆さんのペースで無理なく続けられていることがいいですね。今回の絵本はどういうきっかけで生まれたのでしょうか?
西田:代表の江草が通っている美容室の方が真備の出身で、当時、その方の実家も2階まで浸水したそうです。そこで飼っていた犬のエピソードを聞いたんですね。「普段吠えない犬が吠えて、気づいて1階に降りると、弟の犬の方が溺れかかっていた。犬を助けて、7時間屋根で救助を待って、助かったけれど、そのあとその犬は亡くなった」という話でした。そのエピソードを聞いて、絵本にして伝えたらよいのではないかと思って。
遠藤:一番の大きなきっかけはそれですね。でも、あの年は、災害がすごく多くて、大阪や北海道の地震もありました。西日本豪雨災害もすぐに忘れられるような雰囲気を感じて、このまま風化させないために何かできないかと考えました。
―はじめから絵本という形にしようと思ったのですか?
西田:これまでの朗読会でも、本を朗読することは、人の心にしっかりと想いが伝わることを実感していました。絵本なら子どもも大人も楽しんでもらえますし、みんなに伝わるものだなというのがあって。だから私たちが選ぶとしたら、絵本しかないと思って。
―そこからオリジナルのものをやろうと?
遠藤:そうですね。ただ、正直、不安もかなり大きかったですね。お金もないし、本も作ったことないし、想いは共感できるけれど、何から始めたらいいのか分からない。
西田:メンバーも現地で実際に真備のボランティアをしてきた中で、これまでの東日本大震災の朗読支援と合わせて「継承する」ことの大切さを実感したというのも大きな理由でしたね。それと、クラウドファンディングでは、本当にたくさんの皆さんから応援していただけたこともこの絵本を出す後押しとなりました。
遠藤:奥付のところも、令和元年7月7日、1年後なんですね。そこもこだわりました。7月7日という日を伝えていかないといけないという思いもあって。一生懸命みんなで頑張りましたね。
想いがつなぐ出会いたち
―絵を描かれた氏峯さんとのきっかけは?
中村:山陽新聞のイベント情報で、真備のイラストレーターとして紹介されていたのを見て知りました。それで翌日に会場に行って、声をかけたんです。本の形もない段階でしたが、絵本を作りたいんですけどって。
氏峯:それは災害後初めて、ライブペイントをさせてもらう機会でした。絵本は描いたことがなくて全くわからない。でも、災害後ずっと絵が描けない状態だった。何かできることはないかともやもやしたものを固まりとして心にずっと持っていて、そんなところにお声がけくださって、自分の中でピタッと点と線がつながったので描かせてくださいと。右も左も分からないけど、その場でやらせてくださいと言いました。
中村:やっぱり、勢いとご縁がありました。その場で即決してくださったことが、私たちも次につながったと思います。
遠藤:普通はあやしいですよね(笑)どこの誰とも分からない私たちをよく受け止めてくださったと、ありがたかったですね。
―お互いに誰も絵本を作ったことがない同士が想いに共感してつながった。いいですね。絵本作りは、いつごろからはじめたのですか?
西田:同時進行くらいですかね。クラウドファンディングがオールオアナッシング形式だったので、12月末に成立してから正式にはじめたかな。
遠藤:けれど、話がもちあがった8月くらいから、取材をするなど構想を練っていたので、そこからと言えばそうかな。
―物語を作るのは苦労されたと思いますが、ストーリーは皆さんで考えられたのですか?
遠藤:ベースは、代表の江草が考えました。はじめに、ものすごい厚みのある長文の想いあるものができて、それをみんなであれやこれやしながら整えていきました。それこそみんな主婦で、子どももいるし、住んでいる場所も離れているので、頻繁に集まって作業することが、なかなかできない。フェイスブックのメッセンジャーを利用して、かなり細かいやりとりをして進めていきましたね。いつも着信がなるような状況でした。
中村:もう一つ、大きかったのが出版社である瑞雲舎の井上みほ子社長との出会いです。文章もまとまっていない段階でしたが、出版社をどうしようかという話になって。全国規模のところは出版費用もかなりかかる。瑞雲舎も全国区なのですが、とてもアットホームな形で会社を経営されていて、候補として良いのではないかと気になっていました。そんなとき、数日後にたまたま大阪に来られると聞き、直接話さないと伝わらないなと思って、代表と私と、私の子どもを連れて、会いに行ったんです。構想を話すと、ダメ出しもたくさんいただきました(笑)その時に言われたのは、最初にこの犬は死んでしまったんだということをきちんと伝えること、その前提がないと読んだ子どもたちはあとからショックを受けることになるということでした。このアドバイスは大きかったですね。
遠藤:そのときは、氏峯さんにお願いする前で、違う絵をはめこんだものを見せたんです。
中村:そのときに、普遍的なメッセージがあったほうが良いと言われました。本当にやるんだったら、その時にまた声をかけてと言われてわかれました。そのあとクラウドファンディングが成立したので、正式に依頼をしました。絵本の描き方もたくさんアドバイスをしてくださって、氏峯さんとかなりやりとりをしていただきました。本当に全部勢いでやっていますね。
氏峯:確かにかなりやりとりもしましたが、すごく励ましていただきましたね。
リアリティに基づいたファンタジー絵本を
―氏峯さんは、本を作る過程で、印象深いエピソードなどはありますか?
氏峯:犬の動きかな。犬を飼ったことがないので、どういう動きをするのかがわからなかった。自分の脳内で、動きをつくっちゃって。ふだんは自分だけで描いているので、まわりに「こう描いてほしい」と言われながら描くのが新鮮で、なるほどと気づかされることが多かったです
大変だったのは、ここですね。(中表紙)ここの小さいサイズの顔の表情がなかなか定まらず大変だった。(絵をみながら説明) あとは、表情の統一感についても井上社長から、色々アドバイスをしていただきました。
―なるほど、対象の年齢はどういうふうに設定したんですか?
西田:小学校中学年以上かな。小学校4年生以上で習う漢字にはルビを振りました。でも、読み聞かせをするなら何歳からでも大丈夫です。
―あえて登場人物を動物だけにしたのですか?
遠藤:そうですね、あえて人間の表情を描かないようにして、ラストも後ろ姿しか描いていない。動物がメインのお話で一貫して作成しました。人物の顔はあえて描かない。最初の神様の姿も描かず、光で表していただくなど、意識しました。
中村:人を出さなかったことで、年齢設定なども自由になるし、普遍的になったのではと思います。
遠藤:あとは、井上社長からのアドバイスで、徹底的にリアリティに基づいたファンタジーをと言われたんですね。例えば、葉っぱや木の高さ、真備にある建物の様子などは、こだわって全くの嘘は描かないように。救命ボートの色も、実際は自衛隊でなく消防のボートだったからと色をやり直したりました。真備の川の橋も 氏峯さんが見ているものを描いて、完全なファンタジーではなく、リアリティをしっかり反映させたものをと気を付けていきました。
―なるほど、かなり細部にこだわられていますね。私は当時ずっと被災地にいましたが、こうした動きを知りませんでした。皆さんが、それぞれの立場でできることをしていたというのは、ほんとうに大事なことだと思います。ましてや、1年後に出版したというのはすごいですね。
遠藤:被災された方のために、何かしたいけど何かしらの事情でできない方が支援に関わるきっかけにもなれたかなと思います。朗読会に参加して募金をしてくれたり、あと、普段の朗読会では音楽家の方にも参加いただくんですが、そうした方から復興支援イベントに関わることができてありがとうと言ってもらえたりしました。この本を買うことで、応援している気持ちになるという声もいただきました。そういう声はたくさん届きました。
―人間ではなくて動物というのも広がりになると思います。ペットを飼っている方にとっては、家族同然の存在。失った悲しみは同じ。それぞれに失ったものがあることに気づかされます。ちょうど昨晩、娘が「これ読んで」とこの本を持ってきたのですが、表紙の犬をみて手にとったのかなと思います。
中村:思惑通りです(笑) パッと見て可愛いと思って、手に取ってもらうのが目的なので。
遠藤:表紙と裏表紙がつながっていたり、裏表紙の鳥は、氏峯さんの飼われている愛鳥だったり、ひとつひとつの絵に意味があるんです。
―他に大変だったことはありますか?
西田:クラウドファンディングでご支援いただいた方のお名前を一部巻末に載せているのですが、誤字や脱字がないかといった確認作業が大変でしたね。間違えられないし、皆さんの想いもあるし。
―確かに、このページは皆さんの想いに共感した方々がずらりと並んでいて、重みがありますね。
遠藤:今、改めてまたいろいろ思い出してきました。大雨の夜のシーンの時計の秒針の長い、短いも直しました。
西田:あと水害の場面の文章は本当に考えました。最初は、この場面はなかったんですが、ないのもどうかなと。でも描くとしたら、どこまで表現したらよいか。大事な場面ですが、センセーショナルになりすぎないように気を付けました。子どもたちを怖がらせたくはないし、すごく考えたところです。
―親としては、読み聞かせをしながら、子どもが怖がらないかなと少し心配しましたが、とても自然な流れでした。
中村:前半は結構、ダジャレもいれていて、くすっと笑えて、絵本楽しいなと思ってもらい、おさえるところは、おさえるという作りにしています。感想も、くすっと笑えて、泣けたというものが多かったです。
西田:ラストに、チョコがダジャレを放つために、前半に伏線がある。厳選されたダジャレを入れていますね(笑)
中村:ここは見開きにしたいというシーンは指定したり、町が沈んだところや水がはいってきた時刻にもこだわったりしました。氏峯さんにも、正確な時間などを確認しました。特にここは描くのが大変だったみたいです。
氏峯:そうですね、どうしても思い出しながら描くと、ちょっとフラッシュバックじゃないけど、意識がどっかいったりしつつ。でも暗いだけじゃないシーンにしたかったので、それを活かして、色味だったり、思い入れをこめたりしながら描くことができたかなとは思います。
遠藤:水害の翌朝の絵は、最初明るく描いてもらっていたのですが、実際当日朝は曇っていたので、曇り空に色を変えてもらうなど、リアリティを重視して修正しましたね。その他のシーンも、かなり取材をしています。一部フィクションもありますが、基本的には、できるだけ事実に基づいて作っています。やはり、感動物語みたいなものにはしたくなかったんです。
私たちが伝えたいのは、未来ある子どもたちに、困難なことがあるけど、あきらめず前を向いて、進んでほしいということ。全編を通して、それを伝えたいという想いなんです。それは皆に共通する想いでしたね。
ブラザーズドッグを出版して
遠藤:たくさんの皆さんに読んでいただきたくて、色々な所で絵本の話をさせていただきました。代表が真備で少年野球を指導されている方と知り合いで、そこに行って絵本を寄贈しました。絵本の読み聞かせはしていないのですが、後から絵本を読んだ感想文を指導者の方がまとめてくださったんです。子どもたちも、しっかり受け止めてくれたようで、一番多かった反応としては、「僕もあきらめずに頑張ります」というもの。子どもたちにも、まっすぐにメッセージが届いているのだなと思いました。
中村:真備の子どもたちを対象にした最初の読み聞かせは、出版前日の7月6日に倉敷市芸文館で行いました。実際は、真備の方に来てもらいたかったのですが、同じ日に真備でもイベントがあったこともあり、参加申込が少なかったので、対象を広げて倉敷市内の親子を対象に読み聞かせと朗読をしました。あとは、「つづきの絵本屋」さん(倉敷市)でおはなしのWA♪のメンバー3人と瑞雲舎の井上社長、氏峯さんとでトークイベントを実施しました。秋には岡山中央小学校でも読み聞かせをしましたね。そのときの子どもの反応に、「チョコの想いが最後にミルクに伝わって良かった」というものがありました。それを聞いて、泣きそうになるくらい嬉しかったですね。
他に印象深かったのは、マビHouseといって、倉敷市内でみなし住宅の方とお茶のみサロンをしているところで読み聞かせをさせてもらったときですね。こういう内容なので、事前につらいことを思い出したくない方は、席をはずしてもらっていいですとお伝えして、お一人だけ、「ペットを飼っていたから聞けそうにないわ」と退席されましたが、20名くらいに聞いていただきました。読ませてもらって、何人か涙して聞いてくださって。こういう形で絵本を作ってくれてありがとうと言われて。そのとき、はじめて、ああ、作って良かったんだと。やはり、被災された方は、どう感じるんだろうというのがあったので。そのときに、すごく救われたような気持ちになりましたね。
―実際に被災された方の話を元にしていて、同じく被災したイラストレーターの方が描いているものとはいえ、被災された方の反応は気になりますよね。
氏峯:絵本が出た後、私も、友人に渡して子どもに読んでもらいました。4、5歳くらいかな。内容は、すべては分かっていないかもしれないけど、「最後良かったね」と言っていたのを聞いて、出して良かったと思いました。水害から2年ですが、本って、読む時期ごとに新たな発見があると思います。私自身も経験がありますが、子どものとき読んだ本を、また少し成長して読むと、そのときの自分の感じ方も変わってくる。絵本は、文章だけでなく、絵もある。当時は幼かった子が読んで、また成長して読んでいけるという、ずっと続いていってくれるものなので、描いた側としては、その時の想いを大事にして、絵を描いていきたいなと思います。
―正に普遍的な魅力がありますよね。僕自身が当時、ずっと真備に行って、家を空けていたので、そうしたことについても、絵本だと子どもに伝えやすいと思いました。
中村:私も我が子の小学校で読み聞かせをしたんです。最初は、にこやかに聞いていて、水害のシーンになると真顔になって、読み終わったあとに「図書室で借りてね」と伝えると、すぐに図書室に行って「ありますか?」って聞いてくれて。ふだん、やんちゃな子どもたちだけど、響いたのかなと思いました。
―実際に、この本は、色々なところに広がっていますね。
遠藤:岡山県内の小学校は、400校すべてクラウドファンディングで得た資金で寄贈しています。そうはいっても、当然県内でも知らない方もいるし、豪雨を知らない世代もどんどん増えていく。若い世代が、何年か後に子どもができて、親になったときに、そういえば、あの絵本があったと思いだしてくれたり、そういう人達が改めて、手に取ってくれたりしたら嬉しいですね
中村:全国で似たような災害もあるので、それもあって具体的な町名は出しませんでした。これから先も手に取ってほしいなと思います。出版社の方に聞くと、今、新型コロナウイルスの影響で書店の本が動いていないそうです。この機会にも注目してもらえたらなと思っています。
―こういう時期に読む本として、いいですね。
遠藤:先ほど話した通り、初めての朗読会は、限定した形で開催しましたが、一般向けには、来年の3/11に予定している企画が、初めて私たちが朗読するお披露目の機会になります。
―楽しみですね。氏峯さんは、読み聞かせとは違う立場で、どんなふうに広げていきたいですか?
氏峯:私が飼っている小鳥の「そらちゃん」がお世話になっている動物病院に、1冊寄贈したんです。先日も行くと、待合で親子が一緒に読んでくれているのを見ました。そういう機会に読んでもらえたらいいなと思います。
―病院の待合など、日常生活の中で、こういう本に出合うきっかけがあるのはいいですね。
遠藤:色々な人が触れられる場所にあるといいです。ぱらぱらと手にとってみていただいて、そこからご自身の持つ情報と照らし合わせて、色々な話が出てくることが大事、そのきっかけにしていただけるとありがたいですね。こういう場所は長く大事にしていただけるかなと。そういう意味でも、公共的な場所にもどんどん置いてもらいたいなと思います。
―ぜひ、これからさらに色々な人に手に取っていただき、この物語に出合ってほしいと思います。今日は、ありがとうございました。
(参考リンク)
おはなしのWA♪ HP https://ohanashi-okayama.jimdofree.com/about-us/
氏峯 麻里 HP https://sunmoonearth.jimdofree.com/
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*8月20日には、ゆうあいセンター主催の「小学生を対象とした夏休みボランティア講座」にて、この絵本を題材に「西日本豪雨災害から生まれた絵本『ブラザーズドッグ』をみんなで読んで考えよう!」を開催いたしました。
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