ボランピオ

2014.10.1刊行

僕が「子どもボランティア」をお手伝いした、そのわけは。

2014年10月01日 21:07 by youi_center

●始めたきっかけ

 

学生最後の夏。大学四年といえば卒業研究ですが、そればかりしていたらおもしろくありませんし、やる気もなかなか出ませんでした(笑)。
そのため、この夏は今までしたことのない新鮮なことをしてみたいと漠然と考えました。新たにアルバイトをしてみる、車で行ったことのない地へ行く…そんなことを考えていた私の目に飛び込んできたのは、新聞の記事でした。

その記事はゆうあいセンターで夏休み向けにさまざまなボランティアを募集しているというものです。それを見たときボランティアをしてみようとすぐ心に決めました。優柔不断な私が即決できたのは、以前何度かセンターに行ったことがあり、そこのスタッフの方がやさしく、訪ねていきやすかったからだと思います。

こうして新聞を見た日のうちにゆうあいセンターへと足を運んだ私でした。


 

●ボランティアの内容

私がしたボランティアは子どもボランティアという、小学生とともにいろいろな活動をするものでした。 

私が最初に不安だったのは子供とうまく接することができるかという点です。なんだそんなことかと思われるかもしれませんが、ここは本当に不安でした。周りに小さな子供がおらず、そんな子達とどう接すればよいかはいまいちよくわかりません。自分のせいで子供たちが白けてしまったらどうしようと本気で考えていました(笑)

 

しかし、この悩みもボランティアが始まっていくうちに杞憂に終わりました。

参加した子供たちは明るく無邪気な子ばかりで、いちいち接し方などを難しく考えなくても、友達と話をするように楽しく接することができたからです。

 

私はこの子たちと新聞でエコバックを作ったり、ザンビアの子供たちへ送るプレゼントを作成したり、車いすや介護用品などを使って福祉について学んだりしました。

エコバックを作る場では私が子供に教えてあげないといけないにも関わらず、手先が不器用すぎて、逆に教えてもらっているということがよくありました。そのときの小学生の女の子に「これだから不器用な男は…!」と怒られてしまい少しシュンとなりましたが(笑)、ここまでフランクに話せる仲になれたことはうれしくもありました。

 

 

このようにボランティアをしていくうちに気付いたことがあります。それは子供と接しているときは、いつも自分の顔が自然な笑顔になっていることです。

犯罪の多いこのご時世、知らない人とは話をするなという風潮が人見知りをする子供を増やしているのではないかと勝手に考えていました。しかし、そんな私の考えを裏切るように子供たちは無邪気な姿を見せてくれます。私が子供だったころと何ら変わっていません。無邪気な行動や言動を見ていると、とても癒されます。私を笑わせようと自分で考えたネタを披露してくれる子もいました。それをみていると、自然に顔がほぐれ優しい顔になることができます。改めて子供は不思議なパワーがあると身をもって実感しました。

 

●これからについて

今回は「子供」という自分とは全く違った世代と触れ合いました。

その結果、同年代との付き合いのなかではわからなかったことが発見できました。

この発見はボランティアをしていないと得ることのできなかったものだと思います。

これからは普段生活するうえでは接触のない世代の方と触れ合うことのできるボランティアがやりたいと思っています。

そうすることでまた新しい「発見」をすることができるからです。

(ゆうあいセンターボランティア 内藤)


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